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「奇跡のバックホーム」
第78回全国高等学校野球選手権大会決勝

愛媛県代表松山商業高校と熊本県代表熊本工業高校との間で行われた決勝戦。松山商が熊本工を決勝で破り27年ぶり5度目の優勝を果たした。
9回に同点にされた松山商は、10回も1死満塁の大ピンチ。熊本工・本多の打球は守備固めで入ったばかりの松山商右翼手・矢野への大飛球。誰もがタッチアップでサヨナラと思った瞬間、矢野の好返球により本塁タッチアウトとなる。11回、松山商は矢野の二塁打を足掛かりに攻め、星加のスクイズで勝ち越して、さらに主砲今井の長打などで粘る熊本工を振り切った。


「決勝戦延長十八回再試合」
第51回全国高等学校野球選手権大会決勝

(死闘!松山商―三沢)
松山商は高知商、鹿児島商、静岡商、若狭を連破して決勝進出。決勝戦は青森・三沢高校との対戦となり、制球力が持ち味の井上明と剛球を誇る太田幸司の投手対決となった。両投手による激しい投手戦が繰り広げられ延長戦に入って両チームとも再三チャンスを迎えるが、18回までずらりと0が並んだ。死力を尽くした戦いぶりにスタンドは沸きかえり、激闘は実に4時間16分。規定により、翌日の再試合となった。
一夜明けて再び両投手がマウンドに立った。ともに4連投。立ち上がり、わずかな投手の疲れをついて両打線とも得点を挙げる。前日に劣らぬ白熱戦となったが、ついに松山商が深紅の大優勝旗を手にする。


「21世紀の幕開け?選手宣誓」
21世紀最初の大会となった第83回全国高等学校野球選手権大会で松山商・石丸主将が選手宣誓を行いました。「宣誓をやらせていただくことに感謝の気持ちでいっぱい。そのことを考えたらリラックスできました」石丸主将は感謝という言葉を繰り返し述べていました。
「優勝記念サインボール発見」

1932年、全国選抜中等学校野球大会(現在の選抜高校野球大会)を制した松山商業ナインが名前を寄せ書きしたボールがこのほど、松山市の中村時広市長宅で見つかった。後にプロ野球で活躍した大打者景浦将の名前もあり、関係者の間で話題になっている。市長の父親で、同じく松山市長を務めた故時雄氏の遺品の中から09年3月下旬に見つかった。ボールは当時使われていた硬式球で決勝の明石中戦に出場した先発全員の守備位置、名前が記されている。来歴は不明だが、時雄氏は同校野球部で景浦の2年後輩に当たる関係だったという。
ボールは09年6月12日に開かれる松山商高同窓会で市長から同校に返還される
(09年5月18日付『愛媛新聞』)









「愛媛県立松山商業高等学校」

愛媛県立松山商業高等学校は愛媛県松山市にある公立高等学校です。
全日制(商業科・流通経済科・国際経済科・情報ビジネス科)と定時制(商業科)からなり、地域の人々からは松商(まつしょう)の名で親しまれています。

古くから高校野球の伝統校としても知られ全国制覇7回(春夏通算)準優勝4回の実績を誇り、全国では唯一、各元号下(大正・昭和・平成)での全国制覇を成し遂げています。

また、記憶に残る名勝負として昭和44年(1969年)夏の甲子園決勝「延長18回引き分け再試合」や平成8年(1996年)夏の甲子園決勝の「奇跡のバックホーム」などがあります。


「松山商業高等学校戦績」
全国制覇七回(大正・昭和・平成にV7)

■全国高等学校野球選手権大会(夏)/甲子園記録
・全国優勝5回 準優勝3回
・勝利数60勝(全国第2位/公立高校第1位)
・出場回数26回

■選抜高等学校野球大会(春)/甲子園記録
・全国優勝2回 準優勝1回
・勝利数20勝
・出場回数16回


零代ミスタータイガース「景浦將」

景浦 將(かげうら まさる)
松山市生まれ(大正4年 - 昭和20年)
タイガース創設時入団。投手、四番打者。
巨人・沢村栄治の最大のライバルとしてプロ野球草創期を盛り上げ、最優秀防御率・首位打者・打点王など数々のタイトルを獲得。

本名が「將」だったことから「鬪將」の異名をとり「ミスタータイガース」「零代ミスタータイガース」として今でも多くの野球ファンに語り継がれている。
(昭和20年に沢村と同じく戦死・1965年に野球殿堂入り)
野球体育博物館




「野球殿堂入りOB」


・藤本定義   巨人、阪急、阪神監督
・森茂雄   阪神初代監督、大洋監督、早稲田大監督
・景浦將   沢村栄治の最大のライバルで草創期タイガースの主砲&エース
・千葉茂   異名「猛牛」が近鉄バファローズの由来へ。元プロ野球選手、監督
・坪内道典 プロ野球初の1000試合出場、通算1000本安打、ベストナイン、盗塁王
・筒井修   4番打者として昭和10年の松山商優勝に貢献、巨人軍、審判員


「夏将軍!伝統の松商野球を21世紀へ」

夏将軍(なつしょうぐん)
松山商は夏に強いことから夏将軍とも呼ばれています。守りからリズムをつくり攻めに入る伝統的なソツのない野球で甲子園では数々のドラマを生んできました。
その功績もあってか地方の公立チームにもかかわらず愛媛県外にも熱狂的なファンが多く存在していて根強い声援を贈ってくれているようです。


伝統(でんとう)
思想・風俗・習慣・様式・技術・しきたりなど、規範的なものとして古くから受け継がれてきた事柄。また、それらを受け伝えること。


(龍谷大平安高硬式野球部の創部100年の記念試合/ 京都新聞)


「野球王国愛媛」

愛媛県は野球をこよなく愛し多くの野球用語を翻訳したとされる明治の俳人・歌人・正岡子規の故郷でもあり、古くから野球の盛んな地域となっています。とくに高校野球人気はかなりのもので、新設された「坊ちゃんスタジアム」では毎年熱い熱戦が繰り広げられています。
又、昔から松山商VS西条は「伝統のカード」「愛媛の早慶戦」とも言われており今でも数多くのオールドファンが観戦に訪れ盛り上がりをみせています。

[愛媛県勢 春夏通算甲子園成績]
・全国優勝 松山商(7)、西条、済美、宇和島東
・準優勝   松山商(4)、新居浜商、済美、新田

[平成のおもな甲子園出場校]
松山商、宇和島東、今治西、済美、川之江、新田、丹原

[愛媛県勢の記録]
夏の選手権大会 都道府県別勝率第2位(H29年現在)


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